2003-09-13 残暑
_ [Music] 副島輝人 連続レクチャー「日本のフリージャズ史を語る」
以前の日記でも書いた通り、高円寺のという店に行ってというのを聞いてきた。
偉そうなことを言っているわりに実は私は生まれてこのかた高円寺という街に行ったことがなかったので、早めに着いて30分ほどぶらぶらする。雰囲気がゆるくて居心地の良さそうな町ではある。夕飯はホロトンを見付けたので味噌ラーメン。椎名町のよりスープが薄くないか?
時間になって駅で友人を待っていたのだが、来やがらねえ。電話してみると明らかに寝起きであたふたしているので放置して一人で店にいく。ガード下の飲み屋街のはずれでずいぶん小さい店だった。旧知のDIW沼田さんに挨拶したが、結局観客は中央線沿線のミュージシャンないしミュージシャンの卵が多かった模様。なんか酔っててうるさいおじさんが一人いたのだが、途中で轟音に耐え切れなくなって帰ったようだ(笑)。
副島さんは (Marshall Allenからもらったらしい) 紫のSun Ra Tシャツを着ていた。さすが。ゲストの豊住芳三郎さんはライヴ以外では初めて拝見したが、見事なまでに説明の出来ない人で(笑)、言葉だけ聞くと何を言っているのやらよく分からない。しかし、見ぶり手ぶりが鮮やかでとてもチャーミングだった。さすが幾多の修羅場をくぐってきた人だけのことはある。
今回の主題となったのは高木元輝と阿部薫で、この二人が日本のフリージャズ界のJohn Coltraneであり、Charlie Parkerであるというのはなかなか言い得て妙だった。高木がいろいろ割り切れないものを抱えこんだ存在であったこと、阿部の音楽の本質がそのとんでもないスピード(フレーズがどうこうというレベルではなく、体感的なもの)にあり、その一方で実は冗談好きでおもろい人だったこととか。あと佐藤允彦はやはりただ者ではない。当り前だけど。来年の2月(?)にポリスターから出るらしい高木の1975年のライヴMosula Freightを聞いたが、これは実に素晴らしかった。
ただ、副島さんが読み上げた「当時のファン」とやらの手記だかオナニーだかは、聞いててつらかったなあ。私自身はバイヤーズガイド以外の音楽批評というのは根本的にクズだと思っているので、ああいうのは生理的に苦手だ。私もColtraneの音楽は好きだが、Coltrane教(妙にサヨクと親和性が高い)は理解できん。そういう時代だったのかもしれんすが。
帰りがけにで骨太ラーメン。まあうまかったけど、もう年なのでこの時間にこういうの食うのつらいです。
_ q [勘弁しとくんなはれ。阿部はDolphyを意識していたと本にも書いてあるし、周囲はそう比しているんだが、Parkerと..]
_ mhatta [Dolphyて音楽はともかく人間的には常識人ぽいじゃない。阿部もParkerも人間的にかなり複雑で魅力的な人物だった..]
_ q [たしかになるほど。まぁ当の意味にはそんなニュアンスは微塵もなかっただろうけど…]