2007-04-23
_ [Music] Black Fire / Andrew Hill
アンドリュー・ヒルが亡くなった(Blue Note Recordsの発表)。75才と確かに高齢ではあったけれど、ここ数年は優秀な若手・中堅を擁して力作を連発していたし、作曲を含めて創作意欲は全く衰えを見せていなかったから、残念でならない。結局一度も生で見られなかったのが心残りだ。数年前にメールを書いたら返事をくれたのが、今となっては良い思い出である。
ヒルに関しては、昔いーぐるで講演をやったこともあって全録音に一通り耳を通したのだが、とりあえず一枚人に勧めるなら、御多分に漏れずブルーノート時代のどれかかなという気がする。世評が高いのはドルフィー入りのPoint of Departure(Andrew Hill)で、別にあれも悪くはないと思うが、個人的にヒルを初めて聞いたのがこれということもあり、ここではこのBNへのデビュー作を推したい。
ヒルと相性の良いジョーヘンの出来もいいが、何といってもロイ・ヘインズの鋭い切り込みが身震いするほどカッコいい。さすがに最初ということもあってか、曲も割に分かり易いものが多く選ばれているような気がする。最初の一枚にぜひ。
_ [Food] ケンタッキーフライドチキンの謎を深追いする
先日のことだが、久しぶりにケンタッキーフライドチキンが食べたくなった。最近は私もだいぶWikipedia脳が進行していて、なにをするにも事前にググってWikipedia、というありさまだ。当然そのときもWikipediaの該当エントリを調べてみた。するとこんなことが書いてあったのである。
一時、味付けの秘密は、11種類のハーブとスパイスによるものとされていたが、現在用いられている調味料は、塩と黒コショウとグルタミン酸ソーダだけではないかとの指摘が一部でなされている(ウィリアム・パウンドストーン著 BIG SECRETSより)。
な、なんだって-!!!
ケンタッキーと言えばカーネルおじさんが精魂込めた「11種類の秘伝のスパイス」が看板じゃないのか。あの鶏皮の変な味の源であり、その配合は国家機密に匹敵というアレだ。
ウィリアム・パウンドストーンの名には聞き覚えがあった。ビル・ゲイツの面接試験や囚人のジレンマを書いた、著名なポピュラー・サイエンスのライターだ。元はMITで物理をやっていた人で、ジャーナリストの多い日本にはあまりいないタイプの書き手である(森山和道さんくらい?)。
ということで、問題のBIG SECRETSなのだが、実は邦訳が文庫で出ていた(大秘密)。表紙がダサいのでキワモノっぽいが、中身は大変にまっとうで実証的な本である。続編も2冊出ている(大疑惑と大暴露)が、やはりインパクトがあるのは1冊めのこれだ。
細かいことは本を読めば分かるが、結局のところチキンのコロモに塩とこしょうと味の素と小麦粉しか入っていないというのは(少なくともアメリカのチキンに関しては)事実のようである。パウンドストーンはサンダースの製法特許までたどり、相当な量のコロモのサンプルを入手して食品試験所で成分を分析させた。その結果なので説得力がある。とはいえ、ここで話が終わってもああそうですか嘘だったんですねというだけで大しておもしろくもないのだが、むしろケンタッキーの本当の秘密は圧力釜を使った揚げ方のほうにあったというのが個人的には面白い。レシピの秘密が数十年も漏れなかったのは、厳重に機密保持が図られたからではない。そこには秘密は無かったからなのだ。
この本にはチキンの他にもコカ・コーラの成分を分析した話や、ビートルズとかピンクフロイドのLPを逆回転させると秘密のメッセージが聞こえるという噂を受けて本当にやってみた話(実は結構古い本です)、嘘発見器の出し抜き方、冷凍説のあったウォルト・ディズニーの遺体のゆくえを追いかけた話などが載っている。実にくだらないことを大まじめに実証するというスタンスが一貫していて、なかなか面白かった。続編だとややネタが小粒になるが、それでも結構面白い。
2011-04-23
_ [Jazz] Improvised Meditations & Excursions / John Lewis
ジャズと言えばピアノ・トリオ、これが日本人の常識である。世界的に見ると全然そんなことはないのであるが、音楽教育の問題とか、住宅事情とか、まあいろいろあるんでしょう。私個人としては、正直言ってピアノ・トリオは地味で辛気くさいので聴くのも弾くのもそんなに好きではないのだが、夜中に一人でたまに聴くぶんにはなかなか良いものだ。
このジョン・ルイスのアルバムには、かつて「瞑想と逸脱の世界」という邦題が付けられていたと聞く。まあ直訳といえば直訳なんで仕方ないが、そういうタイトルから想像されるような高踏的な内容ではまるでない。はっきり言って、有名なThe John Lewis Pianoなんかよりずっとくつろいだ内容の、フツーのトリオものである。例によってルイスはちびちびと音符を節約して弾いていることが多いが、それでもさすがにトリオだと間が持たないのか思わず隠れたテクニシャンぶりを発揮する局面もあり(特にテーマ部の演奏)、じっくり腰を据えて聴いていると、次第に粘っこいタッチが気持ち良くなってくる。白眉は3曲目か。ジョージ・デュヴィヴィエのベースも相変わらず素晴らしい。
ちなみにこのCDには、問題のThe John Lewis Pianoから4曲、Grand Encounterから2曲、The Wonderful World Of Jazzから2曲と、同時期にルイスが残したピアノ・トリオかそれに準じたピアノ中心編成の曲がボーナス・トラックとして付いてくる。元となったアルバムもどれも優れた内容なので、これらを聴いて気に入ったらオリジナルに手を伸ばしてみるのも良いだろう。